多くの人間が非日常的だと思う空気がツクモガタリとよばれる者を取り囲んでいるさなか

町外れにある神社の社の中

本来なら神聖な空気が支配するべきこの場所は現在……



ただの飲み会会場になっていた

社の中央にはコタツが置かれ

床の上には一升瓶が数えるのも馬鹿らしいほどの数転がっている



そのコタツには一人の女と二人の男がその身をゆだねていた

ジャラジャラと音を立てて雀牌をかき混ぜながら女、この神社に祭られた蛇神がポツリと 呟く

「まぁ今更こんな事を言うのもなんじゃが、お主らこんな所で卓を囲んでいて良いの か?」

「別に良いんだよ、今更人に悪さする気もねぇしな」

「最早時は移り変わり、我等は最早幻想の住人。  望んで人前に姿を晒そうとは思いませぬな」

そう答えた二人の男、どちらも2メートルをこえる長身と言う点は同じだが

片方の男は筋骨隆々と言うに相応しい姿でジーンズに黒いTシャツといったラフな格好を している

見た目どおりの性格のようでまさに豪傑といった印象を与える

一方もう片方の男は一瞬華奢な印象を与えるが、抜身の真剣のような気迫と春の木漏れ日 のような穏やかな気配を
同時に発しており、着ているものがスーツと言うのもあってどこかのエージェントのよう な空気を醸し出している

だがこの二人の男には決定的に人とは違う部分があった

それは、その頭に巨大な2本の角が生えているという事である



「まぁ、たしかに節分の夜に鬼が神社の社の中で蛇神と雀卓を囲む
 といった光景は普通の方々には思いもよらぬものやも知れませぬな」

「つーかそんな事考える奴はいねぇだろ、しかも酒の銘柄は鬼殺し
 摘みは炒り豆ときたもんだ姫さんこれはあれか、いやみか」

と口では文句を言いながらも顔に笑みを浮かべながら一升瓶をあおり 豆を鷲掴みにして口の中へほうりこむ

「酒はこの社に捧げられたものじゃし、炒り豆は昼にやった豆まきの残りじゃ
 それよりもほれ、この局はおぬしからであろうささと始めぬか」

「へいへいと、だけどよいいかげん三人で打つのも飽きてきたな  そこの刀の兄さんは混ざらねぇのか?」

と、社の隅で真剣な顔をしてテレビを見ている男に声をかける

「ああ、無駄じゃ無駄。今のあやつにはどんな声も届かぬよ」

呆れを含んだ声で蛇神が続ける

「今あのテレビにはあやつの力であやつの妹が映ってのう
なんでも鬼、と言ってもお主らのような正真正銘の鬼ではなくモノの怨念の集合体じゃがな
と一戦交えるようでな、兄として妹の晴れ舞台を見逃すわけいかんと全感覚を駆使して おるのじゃよ」

「それはまた、なんというか技術の無駄遣いだな」

「ええ、あの方はもっと固い印象を持っていたのですが」

そのあまりのもな話に流石の鬼も苦笑を漏らす

「まあ、数百年間あやつの家族関係は殺し合いしかなかったからのう
 そこに初めて普通に接する事の出来る家族が出来たものだから
 家族愛が一気に噴出してのう、此処最近はずっとあの調子じゃ
 そのくせして恥ずかしがっていまだに面と向かって会ってはおらんのじゃから
 最近はやりのすとーかーとやらと同じじゃ、まったく鬱陶しいのう」

と、そんな言葉も耳に入らずに見入っていた男が唐突に歓声を上げる

「いいぞ、その調子だ!流石我が妹、雑鬼など何体いようとも敵ではない!!」

その大声を聞いて最近色々溜まっていた蛇神がついにキレタ

「やかましいわぁぁぁぁ!!!」

と更なる大声を上げながら片手を前に突き出すと

その手から巨大な水の塊が放たれた

「ぷろぽ!??!」

意味不明な言葉を発しながら男が吹き飛ばされ目を回す

それを見ながら二人の鬼は

「なんかあれだなぁ、あの姿を見てると姫さんの母親を思い出すな」

「たしかに、あの方も怒ると先に手が出る方でしたからねぇ」

と遠い目をして思い出に浸りながら酒量を増やしていた

「何の話をしておるのじゃ?」

そこに幾分かすっきりした顔をした蛇神が話しに加わる

「いや、姫さんも大分母親に似てきたなって話をしてたんだよ」

「ええ、あの水鉄砲を撃つ姿など良く似てらっしゃいましたね」

「ほう、そうかのう。良い機会じゃから母君の事をもっと聞かせてくれぬか」

自分の大好きな母親に似ていると言われてご機嫌になった蛇神が

話の続きを二人にねだる

それを聞いた二人の鬼も優しい笑みを浮かべながらそれに応じる

そんな穏やかな時間が流れる…………



「ああ、そのうれし泣きの顔がぁぁぁぁぁ!!!可愛いぞぉぉぉぉぉぉ!!!」



全てがぶち壊された

何時の間にか復活した男が再びテレビの前で歓声を上げた

穏やかな時間を邪魔された三人はゆっくりと男の方を向くとそれぞれ力を高める

特に蛇神はテレビに映った光景が気に食わなかったらしく

先ほどよりもはるかに強い力を発している

そして三人で声を合わせる



「やかましい(わっ)(ぞ)(ですよ)!!!!!!この馬鹿兄!!!!!」



先ほどよりも遥かに巨大な水の固まりに、突風と雷を受けてまたしても男は吹き飛ばされ る

その勢いで壁にぶつかるとズルズルと床にずり落ちて動かなくなる

どうやら完璧に気絶したようだが、いまだに小声で可愛いぞぉなどと呟いている所を見る と

まだ結構余裕がありそうだ

「ええい、興がそげてしまった  飲みなおすぞ二人とも」

言葉を荒げながら一升瓶を手にとる蛇神

それを聞いた二人の鬼も笑みを浮かべながら一升瓶を手に取る



節分の夜はまだまだ長そうだ………………





「神主さまぁ、なんかお社のほうから神聖な気やら荒々しい気やら禍々しい気やら邪な気 やらを感じるのですが
 それだけじゃなくて、なんかもの凄い音とかしてますし」

「ほっほっほっほっほっ、気にするな気にするな
 毎年の事じゃ、最も今年は少しばかり騒がしいようじゃがのう」

「いやでも凄い音ですよ!そんなんノンキで良いんですか!?」

「ほっほっほっほっ、まぁ落ち着け落ち着け
 人に害をなすような事で無いのじゃから、大目に見てやらんか。ほっほっほっほっ ほっ」

(ワシも後でまぜてもらおうかのう、久々に卓も囲みたいしのう)

極一部を除いて今日もこの街は平和なようだ



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