よく整理された机や本棚。
所々に並べられたぬいぐるみ。
女の子らしい可愛い部屋、しかしどこか生活感を感じさせない奇妙な部屋。
そんな部屋に制服姿の少年が一人、クッションを敷いた上に座っていた。
何をするわけでもなくぼんやりとしている。
そこに少女が入ってきた。
制服姿で手には鞄を持っている。帰宅したばかりのようだ。
少年の姿を見て少女は笑みを浮かべた。
「また来たんですか。先輩」
少年も少女の顔を見てやんわりと微笑む。
「ああ。お邪魔してるよ」
少年の恋人、そして少女の姉が死んでからもう一年になる。
交通事故に巻き込まれて頭を強く打ったのが死因だった。
打ち所が悪かったのか即死だった。
しかし死に顔は綺麗なもので、まるで眠っているような死に顔であった。
少年も少女もひどく泣いた。
一週間が経っても、一ヶ月が過ぎても少年は泣き続けた。
そして一年が過ぎた今。
ここ、死んだ姉の部屋で少年は毎日ここで姉との思い出に浸っている。
昔のまま残してあって今もずっと掃除を続けているので綺麗なものだ。
あの頃は良かった。
姉が生きてればなぁ。
いつも少年は少女にそんな話ばかりしていた。
少年は活発だった昔とは違い、いつも虚ろな目をしている。
少女はそんな彼を見る度に、いつも寂しそうに微笑を浮かべていた。
そんなある日。
少年はいつものように少女の家に訪れた。
インターホンを鳴らすと少女の母が現れ少年を少し寂しそうな笑顔で迎えた。
中に入れてもらって姉の部屋に入ると部屋が空っぽになっていた。
唖然とする少年。
本棚も机もぬいぐるみも何もない。
綺麗さっぱり片付いていた。
しばし立ち尽くしていると、少女が部屋に入ってきた。
「ああ先輩。どうです? 綺麗になったでしょ。一日でするのは大変でしたよー。ゴミもいっぱい出ましたし」
朗らかに話しかけてくる少女に少年は掴みかかった。
「何でこんなことを! よくも俺と彼女の思い出が詰まった部屋を空にしてくれたな!」
殴りかかってきそうな程の剣幕の少年に負けじと少女もにらみ返し、手を振り上げる。
「うるさい!」
乾いた音が部屋に響いた。
少年は赤くなった頬を抑えながら呆然と少女を見る。
少女は目を釣りあがらせて少年を睨み続ける。
「だいたい姉さんの恋人だったからって毎日毎日来ないでください! いつまでも部屋を一つ占領されてたら迷惑なんですよ!」
少女は荒い息を整えると続けて言った。
「……本当に迷惑なんです。二度と来ないで下さい」
冷え切った声だった。
少年は何か言いたそうに口をぱくぱくさせていたが。
やがて俯くとゆっくりと何も言わずに部屋を出て行った。
次の日から少年は少女の家には行かなかった。
そんなに迷惑がられていたなんて情けない。
少年はうな垂れながら、重い足を引きずるように家路についた。
月日は流れて少年は通っていた学校を卒業した。
友人たちを肩を叩きあいながら門を出る。
馬鹿話などをしていると友人の一人が話題を変えた。
「しっかしお前もヤバイ時期あったよなぁ。あの時は俺はお前が自殺でもすんじゃねぇかと思ってたぜ」
そうそう、と周りの友人たちも同意する。
「そんな危なかったか?」
「死んだ魚みたいな目をしてたぞ」
そんなにか、と少年が言うと友人たちは深く頷く。
「おお。でもあれだな。昔の彼女の家に通うの止めたくらいからか? ちょっとずつ元気になってきたよな」
「……まぁ俺もいつまでもボケっとしてられんからな」
少年は少しだけ苦い気持ちになった。
あの頃は情けなかったし、彼女の妹さんには本当に迷惑をかけた。
もっとしっかりしなくては。
もっと頑張らなくては。
死んだ彼女にも妹さんにも合わせる顔がない。
少年は少し顔を上げる。
この季節、桜が綺麗だった。
俯いてばかりいた頃には見えなかった風景だ。
少年は少しだけ彼女との思い出に浸ってから。
友人たちと肩を組んで学校を去っていった。
そんな光景を門の影から少女が覗いていた。
少年が立ち去るのと見届けると、ゆっくりとした足取りで家路につく。
今は物置になってしまっている姉の部屋を抜けて自分の部屋へ。
鞄をベットの上に放り投げて、机の前に立った。
机の上にはスタンドに入れられた少年の写真。
少女は写真に向かって深く深くお辞儀をした。
「ご卒業、おめでとうございます」
頭を上げると少女はスタンドをうつ伏せにぱたんと倒した。