ウチには気になる人がおる。
同級生の男子で、小学生の頃からずっと同じクラスでもある。
好きになったきっかけは大したことやなかったと思う。
髪型を褒めてもらったとか。
体育祭のときにリレーを走る姿がちょっと格好良かったとか。
そんな些細なことや。
好きなんか、と聞かれたら多分そうなんやろうけど。
付き合いたいんか、と聞かれたらちょっと首を捻ってまう。
ということで、やっぱり気になる人っちゅうんが当てはまるんやと思う。
で、最近までは何となく視線で追ったりするだけやってんけども・・・。
ウチは鞄の中のものを見つめて軽くため息をついた。
中には綺麗に包装されたチョコが入っている。
そう、今日はバレンタインデーなのだ。
クラスの雰囲気は何となくそわそわしている。
とくに男子らは妙に優しい。
消しゴムを床に落としたりしたら、そらもうエライ勢いで拾ってくれたりする。
今日だけ優しくされてもチョコなんかあげれるわけないんやけども。
多分男子も半分分かっててやっとるんやろな。
まぁそんなことはどうでもええわ。
それよりウチはこのチョコをどうしたものかと悩んでいた。
もちろん彼に渡したいんやけど、いまいち勇気がでない。
さらっと渡せるような義理でもないし、告白したいわけでもない。
自分の心構えがわからへん・・・。
それに彼がウチのことをどう思ってるんかも分からへん。
たとえば、こないだ雨が降っていた日。
彼が雨の中、一人で傘もささずに歩いていた。
そのときに思い切って話し掛けてみたんやけど、ウチの名前も知らんかった。
しかも別の日に、一緒の傘で帰らへんかと誘ってみたら折りたたみ傘あるからと断られた。
ウチ的には清水の寺から飛び降りるくらいの勇気やったのに。
あれはショックやった。
でも、それ以来顔あわせる度に軽く挨拶してきてくれるようになった。
あと、プリントを返す時なんかにウチの席に迷わず持ってきてくれたりするようになった。
つまりウチの名前を覚えてもらったっちゅーことや。呼んでもらったことはないけど。
その変化が自分でもびっくりするくらい嬉しかったんで、今年はチョコを用意したきたのや。
「でも渡せへんわー・・・」
ウチは机に突っ伏した。
こんなことなら靴箱にでも入れておけば良かったわ。
直接渡せばええわ、と思ってたけど彼の顔を見たら急に恥ずかしくなってきてもうた。
うじうじ悩んでいると、彼が友人を話しているんが耳に入ってきた。
「・・・で、もう昼休みやけど。お前チョコもらえたか?」
彼はへっ、と鼻で笑った。
「貰えるわけないやん。最初から期待もしてへんわ」
ふむふむ。なるほどええことを聞いた。
一個も貰えてへんのか。
それならウチがあげればかなりの好印象。
勇気だして放課後、帰り道狙って渡そう。
ウチは窓の外に向かって拳を固く握り締め、決心した。
どんよりとした曇り空で、あまり景気は良くなかったけれど。
で、放課後。
一緒に帰ろうと言う友人を振り切り、ウチは彼の後をこそこそ付け回していた。
一人で帰ることが多い人やと思ってたのに、今日に限ってぞろぞろと友人達と歩いている。
「くっそー!今年も一個も貰えんかったかー!」
「俺らのどこがアカンのやー!」
しかも何やら情けないことを言っている。
あんたらはアカンかもしれんけど彼は違うんやからどっか行かんかい。
後ろから気迫を送ってみても気付くわけもなく。
しばらくイライラしながら付いて歩いていたウチやったけど、思い立って先回りすることにした。
家は近所なので知っている。
近道して彼の家の前まで走った。
息を整え、彼が帰ってくるのを待つ。
いろんな意味で高鳴っている胸を抑えている。
ふと思っていた以上に自分の気持ちが盛り上がっていることに気付いた。
ど、どないしょ・・・。何でこんな緊張してるんやろ・・・。
ウチは男子とも気軽に話すタイプなんが売りやのに。
深呼吸をしてみても、鼓動が収まらない。
息苦しくなってきた。
このままでは彼が帰ってきたときに緊張して何も言えなさそうや。
それか・・・。下手したら勢い余って告白してまうかもしれん。
それは嫌やと思う。
まだ恋人同士とかいうのは嫌なのだ。うまく言えない気持ちやけど。
何より当たって砕けるのが嫌。
よし。
ウチは考え直して鞄から便箋を取り出した。
暇な授業中とかに友人達とやり取りをするための可愛い柄のヤツや。
ウチは便箋で一言だけメッセージを書き込んだ。
あなたのことが、ちょっぴり好きです。
名前は書かない。かなり恥ずかしいからや。
で、この便箋をリボンに挟んで郵便受けに放り込む、っと。
ウチはかなり満足した気分になった。
誰かは分からんけど告白っぽいここが書かれたチョコを貰って彼も悪い気はしないやろ。
そしてもらったことを友人に自慢してる姿とか見れたらウチはそれで十分や。
ウチがにこにこしながら、帰ろうと思って振りむいたとこに彼がいた。
友人と別れてきたらしく、一人で。
何とも言えない表情で立っている。
見られた見られた見られてもうた。
ウチは錯乱状態になった。
よりによって入れるとこをー!
これなら直接渡したほうがマシやった。
かなり恥ずかしいこと書いたんにー・・・。
ウチはとっさに親指を立てて叫んだ。
「ハッピーバレンタイン!」
「は、はっぴぃばれんたいん?」
彼は驚いたのか声を裏がえさしながら親指を立てて言い返してきた。
「んではっ。バイバイッ」
ウチは彼が戸惑っている隙にその場を走り去った。
彼が後ろで何かを言っていたような気もするが、ウチはもぉそれどころじゃなかった。
耳まで赤くなっているのが分かる。
あぁぁぁぁぁぁかっこ悪い!
ウチは心の中で叫んだ。
体を動かさずにはいられないので走り続ける。
何でこんなうまくいかへんのやぁ・・・。
仰いだ空はやっぱり曇っているのやった。