大学に入り、一人暮らしを始めてそろそろ半年という頃。

実家からダンボールいっぱいのジャガイモが送られてきた。

先日実家に電話した時、「野菜って意外と高いよな」と話した記憶はある。

しかし、だからと言ってこんなに送ってくることはないだろう。

しかもジャガイモばかり。一人で処理できるわけがないではないか。

この半年間、一度も実家に顔を出していないことに対する抗議かもしれない。

近いうちに一回帰らないと、今度は何が送られてくるか解らないな。

まぁそんなことよりこのジャガイモだ。

とても一人で食い切れる量ではないので、近所に配ってしまうか。

そう決めた俺は、ジャガイモの詰まったダンボールを抱えて玄関を出た。

俺が住んでいるのは安いだけが取り柄の安普請のアパートである。

今時の若者である俺は、ここに入った時に特に近所に挨拶などはしなかった。

なので、ご近所さんと面識はない。

しかしまぁ、ジャガイモくらいなら受け取ってくれるだろう、と思いつつ隣の部屋のインターホンを鳴らす。

「はぁい……どちら様?」

暗い顔と沈んだ声で、俺を迎えたのは20歳前後と思われる若い女性であった。

相手を確認しないでドアを開けるとは無用心なことだ。

隣の部屋の者です、と軽く会釈。

「実家からジャガイモが送られてきたのですが、この通り量が多くて。良かったら少し貰って頂けません?」

「ジャガイモ……」

ぼんやりとした視線を箱に落とす女性。

「くれるんですか?」

「あげますとも。必要な分だけ持ってって下さい」

「ありがとうございます!」

はっしとダンボールを掴んでくる。

えっと。

「ありがとうございますー」

掴んで、ぐいぐいと引っ張ってくる。

「全部、ですか?」

一応確認してみる。

「だ、ダメですかね?」

恥ずかしそうな照れ笑いを返された。何か可愛いなこの人。

「実は置き引きにあって、今月の生活費を丸ごと失っちゃったんですよ……」

「はぁ」

「冷蔵庫も空っぽで。もうどうしたものかと思ってたんです」

なるほど。お隣さんは深刻な食糧難だったのか。

「そういうことなら全部どうぞ。がんばって食いつないで下さい」

「ホントありがとうございます……。ちゃんと一人で生活できないなら実家に連れ戻すって常々言われてるんで危なかったですよ」

「実家には助けを求められないということですか」

「実家って言ってもすぐそこなんですけどね。ワガママ言って一人暮らしさせてもらってるんです。あなたは?」

「いえ。自分は実家が田舎の方なんで仕方なく」

「そうなんですかー」

そのような感じでしばしご歓談。

部屋の中に招待してくれないものかと少し期待したが、それはなかった。

立ち話も疲れたのでそろそろ部屋に戻ると告げると、彼女は「ちょ、ちょっと待って下さい!」と部屋の奥に駆け込んで。

「これ、お礼にあげます。どうぞ貰って下さい」

と、二枚のチケットを差し出してきた。

某有名テーマパークの特別招待券だった。

「こんなものがあるなら金券ショップででも換金すればいいのでは?」

「それがそのチケットの期限、明後日まで何ですよね……」

少し決まり悪そうに、彼女。

「お礼できるものが何もないので……下らないものですが、良かったら」

明後日までか、正直要らないなぁとは思ったが。

せっかくだから貰っておいた方がお互い気持ちいいだろう。

そう判断して。

「ありがたく頂いておきます」

軽く頭を下げて受け取っておくことにした。







翌日。

大学の食堂で、色々と雑誌を目の前で広げて頭を抱えている友人の姿を見つけた。

「何してんだ」

声をかけると、頭を抱えたまま事情を語る友人。

最近できたばかりの恋人を某テーマパークに連れて行くと約束したのに、いつまでたってもチケットが手に入らないとか何とか。

大人気の某テーマパークは最近出来たばかり。

当日券でも入れるが、招待券でも持っていないとほとんど行列に並んでいるだけで時間が潰れてしまうのが現状だそうで。

「ならコレをくれてやろう」

と、俺は昨日手に入れた特別招待券を友人に差し出してやる。

どうせ明日までのものだ。俺が持っていても仕方が無い。

一瞬狐に摘ままれたような顔をしていた友人だが。

「まままマジか!」

「マジだ」

「いいのか!?」

「いいとも」

「……ありがとう! マジありがとう!」

チケットを俺の手ごと握りつつ、ぶんぶん上下に振る。

そこまで感謝されるとは思わなかったなぁ。

「この借りはすぐにでも返さないとな。……そうだ! お前足になるものが何か欲しいっつってたよな! 乗ってない原付あるからやるよ!」

「ほう!」

それは実に良い話だ。

「こないだ大型のバイク買ったしな。適当に売ろうかと思ってたけどお前にやるよ。もー。俺っちはそれくらい感謝しちゃってるんだ」

一等、大型二輪から普通免許まで持っている自分だが、金がなくて自転車すら持っていないのが現状だった。

そこに原付が手に入るとなるとかなり助かる。

「それはありがたいな」

「ついでに半ヘルも余ってるからやるよ。あーもう! あーもう! これで明日のデートはカンペキだな!」

帰りに俺の家に寄って持ってくといいぞ、と言いながら友人は去っていった。

いやぁ、期限切れ間近のチケットが原付に変わるとは思わなんだ。

俺はほくほくしながら、今日の講義が終わるのを心待ちにして過ごした。







さらに翌日。

友人から譲渡された原付に跨り、俺は気分良く市内を走っていた。

今日は休日。

良い感じの足が手に入ったことだし、色々と買い物をしようと思ったのだ。

まだ運転に慣れていないことであるし、今日くらいはきちんと交通法規を守ることにしよう。

そう心に決めつつ、交差点で信号待ちしていると。

背後から凄まじい衝撃に襲われた。

前方に吹っ飛ばされる。

車体から投げ出され、ごろごろと転がり、止まる。

仰向けに寝転がった状態では空が良く見えた。

ああ、今日は良い天気だ。

と、衝撃に痺れる身体で少しの間、ぼんやりしていたが必死に揺り動かされていることに気付いて我に帰った。

怪我人を揺らすんじゃないよ、と思いながら身を起こす。

自分の身体をあちこち触って確認したが、大した怪我はないようだ。

良かった良かった。

では原付の方は、と視線をやると見事に潰れていた。

どうも俺は後ろから突っ込んできた車にオカマ掘られたらしい。

自分がほぼ無傷なことは奇跡だが、その代わり原付はもう駄目だ。見る影もない。

ショックのあまり硬直していると、自分に突っ込んできたらしいおばさんが必死に謝ってきていることに気がついた。

「ごめんなさいごめんなさい! 私の不注意でとんでもないことを!」

俺はぼろぼろ泣いているおばさんに向かってにっこりと微笑みかけた。

「謝ることはないですよ、奥さん」

その言葉にほっとした表情を浮かべるマダム。

「謝罪なんかいりませんからさっさと警察呼びましょう。タダじゃあ済ましませんよ」

訴えてやる訴えてやる訴えてやる。

手に入ったばかりの原付をお釈迦にしてくれてからに。

「そ、それだけは許して下さい! 夫に知られたくないんです!」

「人を殺しかけておいて何を言いますか! 冗談も大概にして下さい!」

さすがに頭にきて怒鳴りつけると、おばさんは涙を浮かべたまま身を竦ませた。

「バ、バイク代と治療費なら払いますから!」

言いながらバッグから小切手を取り出してみせる。

小切手なんか持ち歩いてるとは変わった人だ。よく見たら車も結構な高級車だし、いわゆる金持ちなのか。セレブってやつか。

金持ちは何でも金で解決ですか。めでたい頭してますな。

「ふん。いい大人が何を言ってるんです。もう黙ってて下さい。警察呼びますんで」

「これだけ! これだけ払いますから!」

言いながら小切手に数字を書き込み、見せ付けてくる。

おっと。

これはこれはなかなかどうして。

ふむ。

やはり感情的になってはいけないかな。冷静にならないと。

「これからは気をつけて下さいね」

「あ、ありがとうございます!」

「原付の処分もそっちでお願いしますよ」

「もちろんです! 本当にすいませんでした!」

その後は、おばさんをつき合わせて廃車の手続きなどを済ました。

手元に残ったのは小切手が一枚。

結構な額がそこには書き込まれていた。

やっぱり免停とかになったりしたら可哀想だからな。うん。

人情は大事だよ。







その次の日。

俺は小切手を現金に変えたあと、街のバイクショップを色々と見て回っていた。

臨時収入があったことだし、バイクでも買おうと思ったのである。

250が望ましい。車検ないし。

何かぴんと来るようなものはないか、と思っていた矢先に良いモノを見つけた。

こじんまりとしたバイクショップの店頭に並んでいたバイクで、黒光りする車体が実に好み。

一目惚れだ。

貼り付けられていた値札を確認した後、いったん銀行によって必要な額を引き出してくる。

今の俺なら一括で買える。

金があるということは素晴らしい、と思いながら店内に足を踏み入れた。

「今日までの約束だったよなぁ? 何で返さないの? ふざけてんの?」

「店に置いてあるバイクを何台か処分できれば返せますので……もう少しだけ、もう少しだけ待って頂けませんか?」

店内は何やら非常に揉めていた。

店主らしきおじさんと、趣味の悪いスーツとサングラスに身を固めた明らかに極道な方がやり取りをしている。

この店、危ないみたいだな。

それならなおさら店頭のバイクを買ってしまわないと。

おろおろした店内の端で縮こまっていた若いお兄さんに声をかける。

「すいません。あの店頭に並んでるのが欲しいんですけども」

「え? あ、いらっしゃいませ。すいませんね。今揉めてて」

「いえいえ」

「で、あのバイクですか? あれはかなり高いですよ。学生さんにはちょっと厳し……」

「一括でお願いします」

言いながら俺は鞄から札束をちらりと見せる。

それを見て店員さんは目を剥いた。

「マ、マジですかお客さん……! 店長! 店長! あのバイク売れましたよ! しかも一括で!」

「本当か!?」

「……何ィ?」

青ざめた顔をしていた店長が、一転して希望に満ちた表情でこちらに歩いてきた。

で、その後ろからその道の方が睨みを飛ばしてきている。怖いよ。

「お客さん、本当に一括で?」

「ええもう。自賠責も保険も一気に払いますよ。もう今日乗って帰りたいくらいなんで」

足りますよね、と札束の額を確認してもらう。

お札を数え終わった店長は、感極まり無いといった感で俺の手を握り締めてきた。

「……ありがとう! 本当にありがとう、助かったよ! 本当に助かった!」

じゃあちゃっちゃと契約しようか、と色々と俺に書類にサインさせるとすぐさま契約は終わった。

俺が支払いを済ませると、店長は受け取った金をすぐさま小指が無さそうな人に手渡す。

「ではこれで返済は終了ということで。今までお世話になりました」

「……運が良かったなァ、アンタ。あの兄ちゃんに感謝することだな」

背中に柄が入ってそうな人は、軽く舌打ちしながら店から出て行った。

何だったんだろう、と思っていると店長が状況を説明してくれた。

この店をオープンするとき、うっかり危ないところから借りてしまったということ。

その期限が今日だったということ。

今日中に返せないと土地ごと差し押さえられるところだったということ。

「……というわけでキミは救世主だ! どんどんサービスしちゃうよ!」

「はぁ」

「ニ、三日待ってくれればこのバイク、当店の総力を上げてカスタムしちゃうよ! ヘルメットやグローブも良いのを付けちゃおう!」

「ほぅ!」

それは実に良い話だ。

俺はカスタムの希望をいくつか提案した後、俺は気分良く店を出た。

いやぁ、ついてるなぁ。







そして、二、三日後。

納車も済んで、慣らし運転も済んだ。

天気も良いし、気候も穏やか。

最高の気分である。

俺は新車に跨り、街の中をぶらぶらと走っていた。

峠でも何でも攻められるバイクではあるが、あいにく俺にはそういう趣味はない。

街乗りしかしないのでオーバースペック気味だ。

だが大きいバイクで颯爽とスーパーなんかに入るのは楽しい。場違い感が。

小さな子供に「ライダーだ!」と指差されるのが楽しいのである。

そのようにして新車を満喫していると、ちょっとした渋滞に引っかかった。

車の間をすり抜けできないこともないが、まだこのバイクに慣れきっているわけでもないので自重する。

別に急いでいるわけでもないし。

というわけで大人しく渋滞に引っかかっていると、目の前の車が騒がしいことに気が付いた。

窓から身を乗り出したおじさんが大声を出して喚いている。

「間に合わん、間に合わんー!」

非常に切羽詰った様子だ。

もう少し近づいてみると、窓が全開なのと声が大きいとので車内の会話が良く聞こえた。

「社長、もう時間がありません!」

「わかっとるわ! ……なんでこんなに混んでるんだ、まったく!?」

「今日は天気がいいですからねぇ」

盗み聞きした結果、以下のようなことがわかった。



今から社運を賭けた大事な取引がある。

でも渋滞に引っかかってしまった。

これに遅れると会社が傾きかねない、とのこと。



社会人は大変だな、と思いつつも俺には完全に人ごとである。

気分が良くて調子に乗っていたこともあり、バイクを相手の車の横に並べて、冗談めかして声をかけた。

「大変そうですね。良かったら社長さん、目的地まで送ってきましょうか?」

社長さんの分のヘルメットはないから捕まるかもしれませんけど、と付け加える。

俺は完全に冗談のつもりだったのだ。

無視されるか、適当に怒鳴られるかと思っていたのだが。

「助かる!」

社長さんは短くそう叫ぶと、ドアを蹴破るような勢いで開いて飛び出してくると、軽やかな身のこなしで後ろに乗ってきた。

年のわりには良い動きである。

「社長を頼みます!」

「悪いねぇ、お兄ちゃん」

秘書らしき人と運転手にも頼まれてしまった。

どうやら本当に乗せていかなければならないらしい。

「さぁ、急いでくれ! 道は後ろから指示する! さぁさぁさぁ!」

社長に頭をヘルメットの上からばしばし叩かれつつ、後戻りの出来なくなった俺は走り出すのであった。





クラクションを鳴らされ、運転手には怒鳴られ、たまに歩道まで走りつつ。

渋滞している車の間をすり抜け、あらゆる信号を無視し、俺はただひたすら走った。

止まってしまいたい状況は何回もあったが、後ろの社長が首を締めてくるのでそれは許されない。

警察の目にとまらないことだけを祈りつつ、俺は日中の街中を駆け抜けていく。

慣れてきたのか。変な脳内麻薬でも出てきたのか。途中から何だか楽しくなってくる。

我ながら不気味な笑みを口元に浮かべつつ、俺はただただアクセルを捻り続けた。

「ここだ! ありがとう、キミ!」

とうとう目的地であるビルまで着いた。

社長はバイクを完全に停車させる前に颯爽と飛び降りると、建物の中へと駆け込んでいった。

俺はよろよろしながらもバイクをきちんと駐車すると、建物の入り口辺りに座り込む。

疲れた。本当に疲れた。

というか警察に捕まらなかったのが奇跡である。

しばらくそこでぐったりとしていると、社長の車が追いついてきた。

中から出てきた運転手と秘書に飲み物を差し入れされ、お礼の言葉の嵐に圧倒され。

社長からメールで、お礼したいから待たせておけと指示された秘書に拘束され。

近くの喫茶店で貴重な休日を潰され。

ああ、声かけなければ良かったと後悔していたところに、ようやく社長が戻ってきた。





「はっはっはっは! まとめてきた! 完璧に話をまとめてきたぞ!」

高らかに笑いながら、取引が終わったらしい社長が喫茶店に入ってくる。

もうぐったりとしていた俺は、社長の姿が見えるなりすぐさま立ち上がった。

「それは良かったですね。では自分はこれで」

ちゃっと指を立てて去ろうとすると、運転手と秘書に身体をつかまれて再び座らされる。

「さぁて。本当に助かったよ。ライダー」

社長は俺の正面に座り、ウェイトレスに飲み物を注文すると単刀直入に切り出してきた。

「待たせすぎたし、さくっといこうか。何か欲しいものはあるか? 何でも買ってやるぞ」

「何でも……ですか」

「ああ。ある程度常識の範囲内でなら何でも」

嬉しいお言葉だが、前々から欲しかったバイクは手に入ったことだし、急に言われても思いつかない。

強いていうならば現金が欲しい。

しかし、お礼に現金を要求するのも味気ない気がする。

「と、言われましても特に思いつきません」

「欲の無い若者だな。何か無いのか? 言っておくが私は金以外で礼はできんぞ」

こういう人が金持ちになれるんだろうな、と思いつつもう一度考える。

貧乏学生なこの身、欲しかった移動手段はもう手に入れた。

現金は欲しいがそれをねだるのは気が引ける。

強いて言うなら。

「……強いて言うならば、もっといい部屋に移りたいですね」

「ほう」

「今住んでるアパートは狭いし壁も薄いので。この近所でそれなりに家賃が安くてそこそこな物件でも紹介してもらえません?」

別に物件を寄越せと要求しているわけではなく、紹介してくれと言っているだけである。

社長を務めているような人物だ。

それくらいなら大した負担もなくしてくれそうだと思ったのだ。

「ライダー君はこの近くに住んでいるのかね」

「はい」

「だったらウチに下宿するか? 部屋なら余ってるぞ」







そんなこんなで社長の家に世話になることになった。

しかし、家というより完全に屋敷である。

敷地内の離れを一つ貸して貰えたが、ほとんど一戸建てだ。すげぇ。

家賃どころか光熱費も水道代もタダでいい上に、三食オヤツ付きだとか。

あの時の会議がどこまで重要だったのか知らないが、厚遇にも程がある。

だが、貰えるものは貰っておく主義の自分としては有難くお世話になっておきたい。

というわけで広い離れの中、畳の匂いを嗅ぎながら寝転がっていると、女中さんが俺を呼びにきた。

「晩酌に付き合え」と社長がお呼びらしい。

この離れに住み始めてからちょくちょくあることだ。

俺も暇な大学生だし、タダ酒は大歓迎であります。

いそいそと顔を出すと、社長と奥さん、そして見覚えのある娘さんが食卓に着いていた。

前のアパートでお隣さんだった欠食レディだ。

娘さんは俺の顔を見るとぽかんとした表情を作る。

「ジャガイモさん、何でココに?」

「何を言うか。彼はジャガイモじゃなくてライダーだぞ」

「違うよ。ジャガイモの人だよ」

何でもいいけどな。

それより何で娘さんがここにいるのか訊ねようと思ったが、目の前で社長と会話する姿を見るにまぁ親子なんだろう。

近所の実家ってこの家のことだったんだなぁ。

「ていうか自立は無理だったご様子で」

「ああ、言わないで下さい……!」

俺の言葉に頭を抱えて丸くなる。

「しょせん箱入り娘だからな。一人暮らしなど最初っから無理な話だったんだ」

社長が言う言葉じゃないでしょうに。

にしてもあの飢えた娘さんが社長の娘とはねぇ。

思えば娘さんにジャガイモあげたのを切っ掛けにここまで来たんだよな。

いやはや。面白いもんだな。

俺は奥さんに焼酎を注いでもらい、何やら言い合いを始めた父娘を肴に優雅なひとときを過ごしたのであった。

……今度はこの娘さんを紹介してもらえないかな、とか期待しつつ。



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