朝。
自宅であるアパートを出て、少し行った所にある民家。
その塀の上でいつも一匹の猫が寝ている。
俺はその猫と少し遊んでから会社に行くのを楽しみにしている。
いつもように丸くなっている猫の鼻先に、常時携帯している煮干しを突きつける。
普通なら警戒されるが、もうすでにこのコは俺に懐いてくれている。
黙って突きつけられた煮干しに齧りつき始める。
その隙に猫の背中を撫でる俺。
猫はちょっとしたエサを貰えるし、俺は朝から癒しを得る。
まさに共生と言ったところだ。
この家に飼われている猫はどうだか知らないが、社会人二年目な俺には辛いことが多すぎる。
たまに猫でも撫でないと死んでしまう。
ゆっくりと煮干しを食べ終わった猫は悠然と立ち上がる。
俺も十分に撫でさせてもらった。
充電完了。
猫は塀の上を歩いてどこかに行き。
俺は背筋を伸ばして駅へと向かう。
今日も頑張ろう。
朝。
自室の窓から外を見下ろすと、今日もサラリーマンのお兄さんが来ていた。
ウチの猫に煮干しを上げて、目尻を下げて丁寧に背中を撫でている。
可愛いなぁ。
私は思わず頬を緩ませる。
一介の女子高生たる私には、あれくらいの年の男の人はとても大人に見える。
そんな大人の男の人が、嬉しそうに猫を撫でている光景。
何だか微笑ましい気持ちになってしまう。
一通り猫を撫でると、すっと顔を引き締めて歩き去るお兄さん。
社会のことはわからないけど、学生より大変なんだろうことは簡単に想像できる。
忙しい日々の中で、朝から猫を撫でていく余裕を持っている。
渋いね。
あんな大人になりたいものだと思いながら、私は時計を見た。
そろそろ学校に行く時間だわ。
お兄さんを見てたらやる気が沸いてきた。
充電完了って感じ。
さぁ、今日も頑張ろ。
朝。
「おっはよ、お母さんっ」
ハツラツとした声を上げながら、軽快な足取りで娘はリビングに入ってきた。
毎朝毎朝元気なものだわ。
我が娘のことながら感心に思う。
鼻歌を歌いながら軽やかにリビングを抜け、洗面所へ向かっていった。
自分で毎朝、起こす前に起きてきて、夫と洗面所の取り合いになる前に用事を済ませて食卓につく。
少し前までは、ここまできちんとした生活を送っているわけではなかった娘。
それが何時の間にか変わってしまった。
何か切っ掛けがあったのだろうと思う。
いい出会いでもしたのかもね。
そう思うと少し微笑ましい。
そんな元気な娘を見ているだけで、こっちまで元気でいられる気がする。
充電された気分。
私は自然に浮かんできた笑顔を向けながら、新聞を読んでいた夫に声をかける。
「あなた、そろそろ時間よ」
朝。
妻に声をかけられた私は新聞から顔を上げる。
今日も妻は優しく微笑んでいる。
私は釣られて笑顔になりながら、わかったよ、と返事を返す。
朝から気合の入った朝食を食べたので調子が良い。
「お父さーん。先に行ってるねっ。それじゃいってきまーす」
うむ。娘も快活に育ったものだ。
同僚の話を聞くと、今ぐらいの年頃の娘は悲しいくらい生意気らしいが、ウチはそんなことはない。
親として、社会人としての私を労わり、尊敬してくれているのを感じる。
学校で立派な先生にでも出会えたのだろうか。
大人というものをきちんと認識している節がある。
素晴らしいことだ。
優しい妻に素直な娘。私の家庭は完璧だ。
ならば私も完璧な夫、父になるべく努力せねばなるまい。
新聞を畳み、立ち上がる。
今日の英気を充電完了。
一日しっかり、大人を頑張るか。
朝。
しっかりとした足取りで玄関から出てきたこの家の主人を、塀の上から見送る猫。
立派なものだと思う、猫。
もう十分いい年だが、いまだ衰えを感じさせないその姿。
猫的にはかなり尊敬に値する。
群れを組まない猫だったが、彼ならボスと認めていい気がする。
この家の婦人も、娘さんも同様だ。
活力が漲っている。
素晴らしいことだな、と猫をあくびを一つ。
朝から若者に貰えた煮干しのおかげで小腹が埋まった。
そのせいかまた眠気が襲ってくる。
元気な皆も分まで、一家の一員たる自分が寝てやろう。
そう決めた猫は、軽い足取りで開いた窓から家の中へ入る。
充電充電。
コタツに向かって闊歩しながら、猫はにゃんと呟くのであった。