「ここが……赤銅鏡の下の町…」
そこは、全てが赤く紅く彩られた、滅びの夢の名残。
『力』を伴った戦いの場、であった場所であり、今では最早その過去を記憶するためだけの、忘れられた虚無の街。
その入り口(厳密に言うならば異次元的扉をくぐって振り立った場所がここだっただけであり、入り口とはいえないのかもしれないが)、既に戦いは終わった街の端に、『戦』の為に装備を整えた、ある男が立っていた。
彼の名はフォード。本名不詳。正体不明。人間であることは…定かではないが、外見上は人間である。経歴不明。
一説には国家所有の軍隊相手に一人で渡り合ったとか、幼い頃から傭兵として戦場を飛び回っていたとか、ある世界のある酒場で武器の製造・密輸・横流しをやっているとか、黒幕だとか、様々な噂と憶測が飛び交っている。
しかし、その秘密を掴んだと思われる人々は未だ帰ってこない。
また多量の重火器を所持しており、現在は重機関銃を背に担ぎ、グロックの二丁拳銃を両の太股、そして、愛用の六連発リボルバーを腰に挿している。これらの銃器は古いものも多いが、全て彼なりの改造を施されており、貫通力や速射性に優れているらしい。だがその装備はあくまで『現在は』の話だ。彼のポケットはまた別の世界の個人的武器庫に繋がっているとかいないとか。噂では、何人かの人々は彼が何処からか武器を取り出すのを見たという。
全てにおいて、断言は出来ない。
彼は正体不明の男。
「さて……こいつは、何処にいるのかな…っと」
彼の手にはある一枚の紙が握られている。真ん中には大きく、相当に人相の悪い男の顔写真が写っており、その下には、
『うぉんてっど! 飲み逃げ犯「真矢九十九」! 賞金2000円。
※当店は食い逃げ、飲み逃げだけは許しません。 by Weekend in my room』
と書かれている。つまり、指名手配書。
彼がわざわざ時空を越えてこの町までやってきたのには、別に誰かに頼まれたというわけではなく。この手配書の犯人を見つけ出し、料金請求、抵抗するならば強行手段にてもぎ取るためだ。
彼は思う。
果たして、今度の獲物は自分に『満足』を与えてくれるだろうか、と。
彼は口端を吊り上げ、紙を投げ捨てる。
そして彼は悠然とそこから一歩を踏み出すと…目の前、前方二〇〇メートル程先の角から、人影が走ってくるのを見た。徐々に、その人影は少女のそれであり、何故だかわからないがRPGという対戦車用携帯火器をその細腕で軽々と担ぎつつ走ってくる。
暗い色をした古めかしいセーラー服に身を包んだ少女を、彼は知っていた。
「紅香……か。何してるんだこんなところで」
「んん?あぁ〜常連さんのフォードさんだ。毎度どうも〜」
少女はフォードの姿を見止めると、彼の前で止まった。しかし、その足はせわしなくその場駆け足の状態で未だ地面を蹴っている。まるで、すぐにでも走り抜けなくてはいけないが、しょうがなくその場に留まっているように。
「うん〜とりあえず、ご近所挨拶の餞別代りにちょちょ〜っと昆虫とチラシとミサイルをプレゼントしてきたの。まだまだこんなもんじゃないけどね〜その内刺客も来るだろうし…ってあれ?」
紅香と呼ばれた少女は、改めてフォードの姿を見て気づく。普段見かける彼とは、少し違う。
「どしたの…?その装備。いつもよりも結構いいブツ下げてんじゃん。また改造してるっぽいし……ってか、あぁ〜成程。早速来てくれた訳ね」
「そういうことだな」
少女は手配書を配布したある酒場の看板娘であり、フォードはそこの常連である。趣味と持っている知識の偏りが丁度良く重なり、二人は時々その手の会話を繰り広げ、他の常連たちに?マークを与え続けている。
「へぇ〜それはそれは。わざわざのってくれる人がいたなんてね〜あんがとさん。
それじゃあせいぜい死なないようにね!」
そう言い残し、紅香はその場を疾風の如く駆け抜けようとする、が、フォードはその襟首を掴み強制的に止める。「ぐえ!」という奇妙なうめき声が少女の口から漏れる。
「げほげほ…何すんの!喧嘩売ってんのかこんにゃろう!」
「『獲物』は何処にいる?」
フォードは、野生の肉食獣が持つ獰猛さを、戦場の殺戮者が持つその残虐さを顔に貼り付け、笑いながら尋ねる。
その瞳は、戦いを渇望する。
その腕は、鮮血を所望する。
その心は、快楽を切望する。
すると少女は、おもむろに右手を掲げて指を挿した。その方向は、フォードの背後、その上空付近。
フォードは振り返り、紅香により指し示された方向を見る。
突然。
爆音と共に、火柱が立った。
その火柱は天にも届かんばかりに上昇し、瞬時にこの街の気温をも変えた。地形的に街の中心部であり、その大きさは大きな建物を一つ丸呑みにするほど。紅に燃え盛るその爆炎が、赤い街を更に紅く染め上げた。
フォードは、無言でその状景を見る。
「あ〜あ、チラシ燃やされちゃった…ってか、あれってもしかしなくても大激怒中?」
やり過ぎたかなぁ…気、短いなぁ…、と、少女は呟く。その光景に恐怖は感じていない。
「それじゃね。まぁサポートが必要だったら、酒場の常連さんたちといろいろしてあげるから。生体再生キットもらえるかもよ?私としても常連さんが減るの嫌だし……稼ぎが減るから」
「必要ない」
紅香のおどけた言葉に、フォードは短く答える。どうやら本音は聞こえなかったようだが。
それを聞き、「そう…May you be victorious!」と流暢な英語で武運を祈り、走り抜けるとすぐにその姿を消した。まるで、空間に吸い込まれるように。
そして、男も歩を進める。火柱が消え去った、町の中心部へ。
彼が求めた、強敵との死闘の場へ。
気配。
歪な、禍々しい、冷え冷えとした。
彼にはそういった『存在』を感知する能力も、幼い頃からの訓練により養われている。
そしてその能力が示すとおりに。
そこには、男が立っていた。
黒い街に溶け込むように、酷く虚ろだが、しっかりと存在する『何か』。それは手配書の人物であり、この街の、滅びの世界唯一の案内人。
その周りの建物やオブジェには焼け焦げたあとが残っているが、徐々にその姿を元に戻しつつある。その下には赤い魔方陣。それが建物を修復しているのだろうか。一軒だけ、抹消された土地から新たに建物を再生しているものがある。一度、そこだけは消し去る必要があったようだが。
フォードは手元の銃を見、いつでも抜けることを確認した後、声をかける。
「あんたが、真矢、九十九か?」
声を発すると、その黒い人影はゆっくりとした動作で振り返る。
それは、甘いマスクを貼り付け、にこやかな笑みを向ける。
「何か…用かな?」
「取立てだ」
様子がおかしい。
先程、紅香は『大激怒中?』と言った。ならば、血管を浮かび上がらせて怒りの形相をたたえていそうなものだが。
又は、そういう性格なのか。
しかし、フォードのたった五文字の言葉に、九十九と呼ばれた黒い美青年は…さらに、にっこりと微笑んだ。
口元は、三日月状に。
「へぇぇ…そうかそうか、もう来てくれたのか…?」
来て…くれた?
フォードは、警戒レベルを最大まで上げる。己の長年の勘を頼りに、その『何か』がかなり危険な相手であることを悟る。己が求めた『獲物』であることも。
だんだんと、九十九は笑みを残虐的なものに。
先程のフォードと、似たような笑みを。
「散々な眼にあってまたどこか滅ぼしに行こうかとも思ったけど……ふふ、じゃあ、あまりイラつかなくて済みそうだ」
瞬間。
彼の足元に一際赤い光を放つ魔方陣が浮かび上がり、その左手に燃え盛る炎を噴出させた。赤の光に、彼の姿が闇から解き放たれる。
「君に、実力が伴っていればだけどね」
「…おいおい、俺はまだ返事を貰ってないぜ」
明らかに異質な存在…超上的な『何か』を目の前にしても、フォードは竦みもせず、怯えもしない。彼は腰から幼い頃からの相棒を引き抜くと、その死の先端を飲み逃げ犯に向けた。
彼が求めるもの。
それは、只の『取立て』では得られない。
「取立てに来た。払うのか?払わないのか?」
「お断りだね」
互いに言葉を発した後、その口元には獰猛な喜びが。
まるで、その発言をお互いに待っていたかのように。
瞬間、獰猛な鋼鉄の塊が三つ解き放たれる。拳銃とは思えない轟音が響き渡り、街を震わせ獲物を食らおうとする。
しかし、見るも無残な死体が出来上がる前に、その弾は魔法陣により消失させられた。バジィ、という何かが削れるような音が、高く鳴る。
「へぇ…なかなかだね。拳銃でもそういう威力のものがあるんだ」
九十九は、嗤う。
「だけど、それだけじゃあまだまだつまらない」
左手の炎が猛り、腕が伸ばされると同時に業火がフォードに伸びる。銃弾の如き速さで迫ってくる地獄を、彼は瞬時に回避した。重い銃器をいくつも抱えているというのに、それを感じさせない素早さ。後ろからの建物が崩落する音を聞きながら、回避しつつ更に二発の弾を送り込む。しかし、これも魔法陣によってかき消され、フォードは舌打ちする。
嗤いながら、両手で業火を召喚する。迸る大火は、竜の様に体を翻しながらフォードへと向かう。フォードは二丁のグロックを抜き取ると目にも留まらぬ速射で銃弾の雨をお見舞いするが、それらは魔法陣ではなく目の前の竜に飲み込まれた。
ちっ、とフォードは再度舌打ち。これでは背中の重機関銃も効かないだろう。ならば、と、まだ弾の残っている二丁拳銃をホルスターに戻し、背中の機関銃も棄てる。そこで彼は両手を前方に突き出した。
瞬間。二の腕から先が虚空に消える。
「へぇ!」
九十九は感嘆する。次の瞬間、フォードの消えた二の腕の先が、新たな兵器を握り締め返ってきたからだ。
フォードは、その手に持った超重量級兵機:高圧水流刃を軽々と持ち上げ、起動させる。
解き放たれた高水圧が高速回転する水のレーザーソードは、迫り来る炎竜を後ろの建物ごと切り捨てた。
「君も妙な『力』を持っているみたいだね…亜空間干渉、かな」
「俺の所有武器庫への近道さ。そっちこそ、炎を操るとは……『つくつくちゃん』は魔法使いだったのか?だが、それだけならまだまだ…」
以前、酒場常連のえんぷてぃが言っていた、『嫌なあだ名』を言ってみる。
だが、それは引いてはいけないトリガーだった。
「馬鹿言っちゃいけない」
空間が、空気が、世界が。
歪んだ。
次の瞬間、九十九の背後、その中空に、三つの魔法陣が浮かび上がる。
そして、それぞれの魔法陣から業火、雷鳴、流水が噴きあがり、魔力の奔流が解き放たれる準備が整う。
「これに耐え切ったら……本気を出してあげようじゃないか。…出来るだろう?わざわざそんな風に挑発してくるくらいだ。…悪いけど、ここで待ったは無いからね?」
九十九は、おかしそうに嗤う。
目の前の光景に、流石のフォードも硬直すると思われた。
しかし。
フォードは、静かに嗤う。冷や汗さえ流さず、退きもせずに。
「おもしろい」
腕を横に振る。すると、フォードの背後の空間に電流が走り、その中空に三つの丸い波紋が波打つ。その中から、電流が迸り、何かが突き出した。
大砲のような、しかし機械的に作り上げられた三つの大筒。
それは砲門に徐々に光を集め始め…バチバチと言った音を立てながら発射準備を終える。
「ビーム砲をこの前作ったところなんでな。試させてもらおう」
武器の『改造』は域を超えて『製造』へ。そして『創造』へと行き着く。
そして、彼は只の武器など求めない。
求めるのは相手を確実に食らい尽くすことの出来る『殺器』のみ。
互いの『力』を見せつけ、久々の『戦い』に胸躍らせる。
お互いに、楽しそうに、嗤った。
そして。
赤い街に、轟音が響き渡った。
既に終わった街が悲鳴を上げ、最早二千円で形がつく問題ではない。