少し太陽も傾きはじめ、夕日が放課後の教室に差し込んでいる。
赤く染まる教室に二人の男女が入ってきた。少年のほうは小脇に丸めたポスターを抱えており、
少女のほうは小さな半透明のプラスチックのケースをその手に持っている。
少年は教室の後ろに適当な椅子を運んで乗ると少女のほうを振り向いて言った。
「じゃ、デカ。さっさとポスター貼ってしまおうか。画鋲ちょうだい」
デカと呼ばれた少女は元気良く頷いた。
「うん!わかったよ岡田くん。こんな仕事早く終わらせてさっさと帰りたいもんね!それにしても
何でジャンケンに負けただけでこんなことやらされないと行けないんだろうね。ひどいよね。
横暴だよね。理不尽な感じだわ。今風に言えばちょー嫌な感じってやつ?ちょっと古いか?
あはは」
頷いたついでに機関銃のように喋るデカ。肺活量のテストなどをすれば全国高校女子の平均などは
軽く上回るであろう。
「それに何で男女ペアなんだろうね?男子なら男子同士、女子なら女子同士ってしてくれれば
いいのに。わざわざ委員とか係りの人数を男女均等にするなんてね。こんなとこまで男女平等に
しなくてもいいのに。のにのに。ジェンダーってやつ?あんまり関係ないか。教育委員会とか
PTAとかがうるさいのかな?男の子と女の子じゃ共通の話題も少ないしさ、なんか気まずいよね?
沈黙しちゃうって言うか黙っちゃうっていうかさ。あははは。緊張して意味もなく笑っちゃったり。
あははは。ね、岡田くんもそう思わない?」
岡田と先ほどから呼ばれている少年は軽く頷くと一言言った。
「うん、そだな。画鋲ちょうだい?」
デカは手に持っている画鋲入れに目を落とすと後ろ頭に手を当てて笑った。
「あれれ?私ってば君島くんに画鋲渡してなかったっけ?うっかりうっかり。あははは。
いやね?私ってばさ、一つのことを同時に出来ないタイプだからね。ついつい。ごめんごめん。
何か意外と話が盛り上がってきちゃったからさー・・・はい、画鋲」
「ん、さんきゅ」
デカはケースから画鋲をいくつか取ると手に乗せ、差し出す。岡田は軽く手を伸ばし、それを
受け取った。そのときに軽くデカの手が触れた。
「あ!今なんか手と手が触れちゃったね。いや別にわざわざ言うことじゃないんだけどさ。
なんかこう教室で二人っきりって状況で手と手が触れ合ったりしちゃったりするのって、ちょっと
ドラマの始まり?みたいな?感じがしない?私はするんだけど。私ってば男の子とまともに
手を繋いだこともないって人種だから妙に恥ずかしかったりー」
一人で顔を赤くしているデカを尻目に岡田は黙々と画鋲でポスターを止める。剥がれないように
四方をしっかりと。
「そう言えば岡田くんって何で?さっきから私のことデカって呼んでるの?ニックネーム?
いや、それならそれで構わないんだけどさ。何か親しいっぽくて。でも由来とか気になるじゃない?
私って別に身長高いわけじゃないし。むしろ低いし。ねぇ何で何で何で?なんでなの?」
岡田は椅子から降りて少しポスターから距離をとる。少し傾いてしまったようだ。
再び椅子に乗りながら岡田は言った。
「僕らは広報委員。つまり掲示係。掲示は響きが刑事と同じ。だからデカ」
「掲示けいじけいじけいじけいじけいじ刑事・・・でデカ。なーるほど!あはははははは。面白い、
面白いよ岡田くん!淡白で無口なタイプかと思ってたら意外とお茶目だったんだね!
あはははは。山田くん!座布団もってきなさい!なんちゃって!あははははは。うん、気に入ったよ
デカってニックネーム。なんか格好良く聞こえなくもないし」
「そっか、良かったよ」
無駄に感心するデカ。岡田は画鋲を一度全て外してしまう。貼り直すつもりのようだ。
しかしそのときに画鋲が一つ曲がってしまった。岡田は再びデカのほうを振り向いて手を伸ばした。
「デカ、画鋲もう一個ちょうだい」
「でもそうなると岡田くんもデカってことになるよね?岡田デカ?あんま響き良くないね。
悪くもないけど。別に面白くもないし。それに私とかぶっちゃうね。まぁそれはそれとしても
二人のデカってわけだね!危ないデカシリーズみたいな?私たちは掲示物貼るだけだけど。
ん?掲示物?すごい!聞いて聞いて岡田くん!掲示物と刑事物・・・漢字にしたらそっくり!
これって面白い発見ね!」
「そうだな、デカ。あと画鋲くれ」
喋ってる間ずっと岡田が手を伸ばしていたのに気付いたデカは慌てて画鋲を渡す。
「あぁ、ごめん!ごめんね岡田くん!私って話に夢中になっちゃうと人の話聞き流すことが多くて
よく友達の反感買うの!あんた喋りすぎ!って。私はそんなに喋ってるつもりはないんだけど。
それはともかく人の話を聞かないのはよくないわよね!私もよく友達に話途中で止められるから、
される側の気持ちはよくわかるわ。だからごめんね、岡田くん」
「気にすんなよ」
岡田は画鋲を受け取ると、再びポスターを貼り直す。今度はさっきよりも丁寧に画鋲を押し込む。
「ありがとう優しいのね、岡田くん。今まで話したことなかったから、どんな人か知らなかったけど
実際話してみると結構気さくなタイプなのね、ふふ。私って結構人見知りするタイプなんだけど
岡田くんはもう大丈夫な感じだわ」
「そうかい」
岡田はまた椅子から降りて距離をとる。軽く頷く。今度は完璧らしい。岡田は椅子を手で払うと
元の場所へ戻した。
「よし、終わったよデカ。帰ろうか」
「あれ?もう終わったの?岡田くん仕事早いね。なんか話しながらだったし、あっという間な感じ
だったわ。こういうつまらない仕事も友達と話しながらだと楽しく出来るものね。でも仕事
終わってすぐサヨナラ、はちょっと寂しくない?せっかくだからもう少し話していこうよ。
会話も盛り上がってることだし、ね?」
「僕は別にいいんだけど」
岡田は壁にもたれ掛かりながらデカのほうに向き直った。デカは喜んで喋りだす。
「そうよね。もう少し話そうよ。何か話題ないかな。えーとえーとえーと。そうそう!家庭科の
先生さ、今産休で休んでるじゃない?あれって凄くない?あの先生もう五十過ぎてるのに
ハッスルだよね!旦那さん若いのかな?てか本人平気なのかしら?五十過ぎてからの子供だと
何かもう孫みたいだよね!その子が将来大きくなって小学校の授業参観とかなったら何で
おばあちゃんが来てるとか思われて悩んだりするのかしら。そういうことを考えたら赤ちゃんは
早めに産みたいよね?ってか岡田くん男の子だからこんなこと言われても困るか。あははは」
「ふーん・・・。なぁデカ、時間大丈夫か?お前電車通学だろ?たしか」
適当に相槌を打っていた岡田は窓の外を指す。真っ暗な夜空に三日月が昇っていた。
それに驚いたデカは自分の腕時計を見て、もう一度驚いた。
「あれ?あれれ?あれれれ?もうこんな時間?ポスタ―を一枚貼っただけなのに凄い時間
かかっちゃったね!ちょっと喋りすぎたね、私たち!あんまり会話が弾んだものだから時間が
立ってるのに気付かなかったみたいね。あははは。じゃあ、そろそろ帰ろうか!」
「うん、そだな。夜道は危ないから駅まで送ってくよ」
岡田はそういうと鞄を持って教室の外に出た。
「え?え?送ってくれるの?岡田くんって紳士ね。へみにす・・違う。ふぇにも・・・じゃない。
・・・ふぇみ・・・ふぇみ・・・そう!フェミニストっとヤツだね!いいよ、そういうの。
凄くいいと思うわ。そういうのが、すっ!っと自然に出来る男の子ってモテるよ、きっと。
あ、もう岡田くん彼女いたりして?そこんとこどうなの?ねぇねぇねぇ・・・あ、置いてかないでー」
遠ざかっていく声。
ようやく静かになった教室の机の上に画鋲入れが、ぽつんと置かれていたのだった。